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2004年7月

2004/07/25

陣痛って何さ

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よく、陣痛を言葉で表現すると?とか言いますよね。
あたしも出産前色んな例えを聞いていたのですが、余りにも現実離れしていて想像がつかない。だから陣痛に対しての恐怖感ってほとんどなかったんだよね。
だって、「産道にジャッキを入れられたような」とか「骨盤をカナヅチで砕かれるような」とか、わっかんないし(笑)。

そして当日。
早朝 5:19、いきなりぱちっと目が覚めた。何か、変。
10分後、がつーんと下腹部に痛み。「来た!」と思うと同時に、「ヤバい、怖い」と思った。これが一発目の陣痛だとしたら、これからどんどん痛みは強くなるわけで、これは耐えられないかもしれないと思ったのです。
言葉で表現するのに適切なモノが思い浮かばないけど、お腹の中の内臓を雑巾のように絞られるような・・・ううう~~~って感じ。痛みで吐き気はするし、陣痛の波が来たら、うずくまるしかない。陣痛の波がひくとちっとも痛くないんだけど。

初産婦だし、病院に連絡するのはギリギリまで待った方がいいと思っていたあたしは、いきなり10分間隔の陣痛がきてたけど、電話せずにベッドでうずくまって時間を記録していた。そうしてるうちに3~6分のまばらな陣痛が。念のため連絡してみるか・・・と陣痛の合間に病院に電話。ここまでで陣痛開始から30分足らず(笑)。
今の状態を話すと、案の定様子を見ましょうということに。もっと規則的に陣痛がきたり、破水したらまた電話下さいと言われた。あたしも、そう言われるだろうと予想してたので、またメモ帳片手にベッドに横になる。嗚呼、まだまだこの苦しみが続くんだろうなぁ・・・もしかしたら吐くかもしれない・・・とうっすら考えながら。
電話を切ってすぐに陣痛は3分間隔になった(笑)。でも、初産婦だからここからが長いに違いない!と思い、やっぱりギリギリまで我慢。何度も相方に「電話したら?」と言われても「い゛や゛、ま゛だ・・・」。しかし、トイレに行くと結構な出血が!嗚呼、しかも吐きそう・・・。
というわけで、病院へ連絡。うずくまりながら着替え、用意しておいた入院&陣痛グッズを手に病院へ向かう。

軽く数回うずくまりつつも、ナースステーションへ。すぐに陣痛室に入る。何か色々処置をされた気がするけど、ここでのことはあまり記憶にない(笑)。覚えているのは既に子宮口が6cm開いていたということと、「結構ツラいでしょ?」と聞かれたけど「わかりません」と答えたことくらい。。。
確かにツラかったけど、あとちょっとだけならイケるとも思っていたのが事実。
陣痛室の滞在時間は15分もなかったと思う(?)。陣痛の合間にLDRに移動。移動しているにも関らず、あたしはまだまだここからが長いんだろうなぁ・・・と考えていた。

LDRに着くと、また更に色々された気がするけど、やっぱりあまり覚えてない(笑)。どんどんいきみたい感覚が出てきて、力の限りテニスボールで肛門を圧迫してもらっていた。笑い話のようだけど、肛門から全てが出てきそうな感覚を我慢するには、テニスボールでがっつり押してもらわないと・・・。

そうこうしてる間に脚を固定され、「もういきんでいいよ」という指示が。「え?もういきんでいいんですか??」 「全開大だからもういきんでいいよ」 「なぬー!!」
『初産婦のお産は1日がかり』と思い込んでいたあたしは、びっくりして聞き返した。たまごクラブには陣痛開始から全開大まで10時間とかかかるって書いてあったよ?
とにかくいきみ逃しはつらかったので、陣痛の波にあわせていきむ。でっかい便秘うんこをふんばる気分。ふんばっても出てこない。助産師さんは「あと2回いきんだら出てくるよ」と言う。あと2回。あと2回・・・。
「いきむの上手ねー」 「今 赤ちゃんは一番狭いところを通ってるからね」 助産師さんは産婦をノせるのがうまい。そう、あたしは褒められると伸びるタイプだ。まだ頑張れる!と思える。

助産師さんが会陰切開について説明を始めるが、もうこっちは聞いてる余裕などなく、「どーでもいいから早く切ってくれ」と思った。ぱちんぱちん と切られている感覚はわかる。
助産師さんが会陰をひっぱって伸ばしているのがわかる。そして肩を出す時、ひっかかったのか痛かったけど、その後は気付いたら産声があがっていた。

すぐに胸のところに赤ちゃんを持ってきてくれた。目にした時、自分は泣くだろうと思っていたけど涙は出なかった。不思議な気持ちでいっぱいだった。
本当にさっきまでお腹の中にいた子だろうか?あたしは本当に子どもを産み落としたのだろうか?
あっという間に済んでしまったお産だったので、苦しい時間もお産を実感する時間もあまりなく、夢の中の出来事のように感じられた。

結局お産は3時間01分で終了。振り返ると、まだ余裕があった気がする。
でも、3時間だから耐えられたんだろう。あれが1日がかりだと思うと、無理だったと思う・・・。

切迫早産になる

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それは34週に入ったばかりのこと。
前日の夜中から、随分お腹が張るなぁ~と思っていた。
念のため間隔を計ると、10分・15分・20分・15分・・・
不規則だけど1時間に4回張っている。いつもこんなにお腹が硬くならない。
何となく不安で、仕事を休んだ。

昼も30分~1時間に1度はお腹が張る。
あたしが動いている最中ならわかるけど、ぐーたら寝てるのに張ってる・・・。
なんか不安になってネットでお腹の張りについて調べる。
不安が解消されないので、病院に行くことにする。

そうしたら、ウテメリン処方!!典型的な切迫早産の治療薬。
そして医師の 「今日明日ってことはないけど、もしお産になっちゃっても大丈夫だから」
「もし今週中に出てきちゃったら、赤ちゃんは外部搬送になります」
「薬を飲んで様子を見ましょう」 の言葉。

え?そんなに出てきそうになってるの??どうやら子宮口も指1本分開いてるらしい。
すごくびっくりして「まだ仕事を続けてるんですけど、何とか3月いっぱい出来ますかね?」と聞いた。
「んーあと10日くらいだね。平日びっちり?年休とかは取れないのかな?」
「休めないことはないけど、まだ引継ぎが終わってないんです・・・。」
「まぁとりあえず明日は休んで、薬を飲んで様子を見て下さい。」

仕事を辞めなさい!とは言われなかったけど、それは出てきても大丈夫だからってことなのか、暫く出てきそうにないってことなのか・・・。
看護師さんからも破水のお話をされるし、大丈夫だろうとタカをくくってる自分の考えは甘いのかな?と思った。
だって、今まで何にもなく33週を終えたのに!

仕事を辞めなきゃいけないことに、ものすごく抵抗があった。あと数日行けば円満退社。
子どもが大事じゃないわけじゃない。
でも、今仕事を投げ出したくはない。
あたしがいなくても、誰かが何とかしてくれるのはわかる。
妊娠中もみんなに心配されつつ何とか頑張ってきたのに、結局こんな形で辞めることが辛かった。
年度末まであと数日。居られないかもしれないのが悔しくて仕方がない。
子どもも仕事も不安で眠れない日々が続きました。2時間睡眠で仕事に行ったり。

すごく悩んで、色んな人に相談して、結局辞めることにした。
ここまで働けただけでも儲けモンかなぁ。お腹の中の子が「もう休んでよ」って言ってるのかなぁ。気分は晴れなかったけど、怒涛の如く引継ぎをしていたら忙しすぎて気が紛れた。

ウテメリンという薬は、交感神経に作用する薬なので、多量に飲むと心臓がどきどきしてものすごく大変。飲んだ後は動けないので横になっていなくちゃいけない。しかも極力安静にしなきゃいけない。
仕事のこと・子どものことでただでさえ鬱入りそうなのに、動けないというのはかなり気が滅入った。

あたしを悩ませた『切迫早産』だったのに、結局は予定日を過ぎての出産となり、一体なんだったんだ!とちょっとだけ不満な母さんだった・・・。

妊婦のダイエット

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『妊婦はふたり分食べましょう。』
こんな話はひと昔もふた昔も前の話です。今の妊婦は一生懸命ダイエットしなければいけません。妊婦が太るとイイコトなしなのです。

まず、難産になりやすい。妊娠中毒症や妊娠糖尿病になりやすく、出産のリスクが高くなるということ。それから、産道に脂肪がついて狭くなり、赤タンが出てくるのが大変になるということ。赤タンが無駄に大きくなりすぎて、出産が大変になったり。
あとは、妊娠中に体重を増やしすぎると、産後の肥満に繋がりやすいということ。デブママになるっつーことです。あなおそろしや。

出産までの理想体重は+8kg。これは、胎児タンの体重+胎盤・羊水の重さ+乳房などが大きくなる分 が大体8kg だから。
即ち、8kg以上増えたら全てママの脂肪・・・ということなのです。
実際、妊娠中に必要なカロリーは+350kcal。お茶碗1杯分です。ふたり分食べてたらあっという間にカロリーオーバー!

・・・育児書を見ても、病院へ行ってもこう指導されます。
あたしも張り切って体重管理に挑みました。妊婦とは思えない!とか、産後とは思えない!って言われるの、すごくカッコいいじゃない?

でも、妊婦 恐るべし です。
妊娠前には見向きもしなかった『甘いモノ』が欲しくてたまらない。殆ど食べることがなかった『パン』が食べたくて仕方がない。この頃の口癖は「甘いパンが食べたい~」でした・・・。
そして、どんなに気をつけても、どんどん体重が増えました。
油を使わず、塩分も極力減らし、栄養のためにレンジ加熱、肉は赤身を使い、野菜で量を増やして主食を減らす。加工食品はゆでこぼして塩抜き。できることは徹底的にやりました。
これだけ気をつけても月1kgペースで増えました。年始年末、普通に食べたら(バカ食いではなくフツーに)、2.5kg増えました・・・。

報われない努力ほど虚しいものはありません。成果のないダイエットほどツライものはありません。妊娠してなければ、確実に減っているはずなのですから。
妊娠中の身体は、とにかくためこもうとして痩せにくい身体になっているそうで、それはもう『息を吸っただけでも太る』世界なので御座います。

そしてあたしは+9kgで臨月を迎えました。検診で助産師さんにも「もう増やさなくていいですからね~」と笑顔で言われました。
切迫早産だったあたしは、もうまもなく産まれるだろうと思いっきり気を抜きました。
それから週1回検診に行く度に増える体重・・・。週に1kg増えてました(笑)。
結局、出産は予定日を過ぎ、+11kgで投了。

皆様、お知合いの妊婦さんに元気な子どもを無事に産んで欲しいのであれば、「ふたり分食べなさい!」などとカロリーたっぷりの食べ物を勧めてはイケマセン。
お天気のいい日に無理しない程度に街をブラブラして、落ち着いたカフェで身体にやさしいお茶などを御馳走してあげてください(笑)。

妊娠発覚!

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うーん 遅れている・・・。
月1イベントが超順調に来るあたしは、まさかと思いました。
何を隠そう(隠してないけど) まだ独身だったあたし。
しかも、転職するためにずっと面接を受けたりしていたのですが、来年度に向けて本格的に動き出そうとしていた矢先でした。

妊娠検査薬よ こんにちは。
検査する時期としてはかなり早かったけれど、せずにはいられませんでした。

確か説明書には 何分か待つと結果が出る と書いてあったのですが、そんなの待たずにあっさり『陽性』。何かの間違いではッ と、振ってみたり さかさまにしてみたりしたけど、やっぱり陽性。

心の底から「どうしよう」と思いました。
あたしの人生は終わった と思いました。
やりたいことにチャレンジしないまま、あたしの人生は終わるのだろうか。
いや、それ以前に産まないという選択もある。
でも、中絶なんて絶対にしたくない。
嗚呼、こんな年になって こんなことで悩むとは・・・。

とりあえず、相方に電話してみることにしました。
相方に話したら、産んで欲しいけど、それを決めるのはあたし次第 のようなことを言われました。
いっそのこと、どっちか決めてもらいたいと思いました。その時のあたしには、どうしたらいいか決められなかったのです。

結局答えが出せないまま、病院へ診察に行きました。行けば何とかなるような気分でした。
エコーでお腹の中を見ると、胎嚢が確認できました。赤ちゃんが入っている袋です。3週目くらいの命でした。

医師は、独身のあたしにこれからどうするか 聞きました。
あたしは迷わず 産みます と答えました。
まだ心臓が確認できないので、来週また来て下さいと言われました。
本当に晴れやかな気分でした。
エコーでこの子の姿を見た時から、あたしは母になったのだ と思いました。

この時の気持は、一生忘れることはないでしょう。

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