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2007/04/19

難しい問題だ

あたしが担当している利用者について、新たな取り組みをしたいという提案をしました。
それにあたって、保護者から情報を集めたり(ということのほどでもないけど)、他の職員に打診していたりして、あたし的には「いける!」 と判断したわけです。利用者自身の調子も良かったし。時期も妥当だと。

で、具体的にコトを進めるに当たって、他の職員に「こう思うから、こういう風にやろうと思うけど、如何なものか」 とお話をしました。

他の職員は、「それでいいと思う」 と納得してくれたのですが、ひとりだけ異論を唱える人が。
あたしが設定している目標自体がどうか とか、あたしが問題ないだろうと思えるポイントについて 策を練らないと無理じゃないか とか。

結果から言えば、何の問題もなく担当利用者はやってのけてくれたわけです。

で、その結果を保護者に電話で報告しようと思い、今日の様子はどうだったか 次回も同じ方法で実施していいか 職員間で話し合おうとしました。
他の職員は、「すごく楽しそうだったし、良かったと思う」 と言っていたけれど、やっぱりひとりだけ「本当に楽しそうだった?表情こわばってたよ」 と言うのです。

色々アドバイスをくれるのはいいのです。とっても有難いのです。
そして、その異論を唱える人は、あたしよりもずっとたくさんの利用者と関わってきて、知識もあるし 経験もあるのです。
でも、その人の見ていることは、一側面でしかないわけで、「あたしは楽しそうだったと受け止めています」 と言いたいわけ。

でもさ、利用者が本当に本当に楽しかったか?不快じゃなかったか? と言われたら、そんなことはわっかんないんだよね。
だって、あたしは本人じゃないんだもの。
じゃ、何で「楽しそうだった」 と言えるのかというと、「楽しくなかったら、こういう行動に出るだろうから」 という予測でしかない。

この問いかけは、実に重要なものだけれど、正直 めんどくせー と思ってしまうのです。

この職員、悪気はないのだけれど、議論好き。
支援のあり方や、福祉論について、とことん議論するのが楽しくて仕方がない。
あたしはといえば、議論はとことんしたいけれど、それはそういう場でやってくれ という方針。
限られた時間の中で、簡潔で的確な話し合いをしたいわけ。無駄な議論はしたくない。

そんなこんなで、21時・22時に帰宅する日が続き…疲れた。精神的に。
生理前だから、余計に「うるせーばーか!」 とか言いたくなっちゃってさぁ。

他人とわかりあうって難しい。
わかりあわなくていいけど、ひとつの方向性を出さなきゃいけないから、難しい。

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